東京地方裁判所 昭和23年(ワ)4639号 判決
原告 射手四郎
被告 石丸秀敏
一、主 文
被告は原告に対し東京都世田ケ谷区池尻町二百三十九番地所在木造瓦葺平家建十九坪五合の中八疊、三疊及此二室に接続する押入床間を除く其余の部分を明渡すべし。
右家屋の玄関、湯殿台所、便所及以上に通ずる通路は原被告共同に使用すべし。
訴訟費用は全部被告の負担とす。
本判決は原告に於て金二万円を担保として供託するときは仮に執行することを得。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決竝に仮執行の宣言を求むる旨申立て、其の請求原因として主文第一項記載の家屋は原告の所有であるが、原告は昭和十三年秋頃より被告に対して賃料一ケ月金二十五円の約にて期間を定めず賃貸したが、其後賃料の値上があつて現在に於ては一ケ月金百円となつて居る。原告は空襲により罹災して其の住居を失ひ現在目黒区上目黒四丁目二千百三十三番地上原三男方に同居して居るが、右家屋は原告の実兄たる右上原が所有者土屋昭二より賃借して居るものであり、八疊、六疊、四疊半、三疊の四室で兄上原夫婦と子供三人、上原の妻の弟、家主土屋及原告の八人が居住して居る。以前は原告の妻及子供も上原方に同居して居たのであるが、土屋より実兄上原に対し立退の要求があり、上原は昭和二十二年七月迄に立退を約し、其後同年十二月迄猶予を受け、其の結果原告の妻子は止むなく郷里長野縣に立退き原告と別居するに至つた。然し其後も上原は明渡の実行が出來ないので現在に至つて居る始末である。
右の如くであるから、原告は是非共妻子と共に同居すべき必要に迫られて居り、而も本件家屋は原告の唯一の財産で他に居住すべき家屋なく勿論家屋を買入乃至賃借すべき資力もない。
仍て原告は自己使用の必要上本來本件家屋全部の明渡を求めたいのであるが、被告側の諸般の事情をも考え本件家屋の中六疊一室及之に接続する押入の部分(主文第一項掲記の明渡を命じた部分)の明渡を昭和二十三年五月一日口頭を以て申入れたところ被告は之を承諾して同年六月三十日に右部分を明渡すべき旨約した。仮に被告の承諾なしとするも右賃貸借の一部の解約申入に因り同年十一月一日の経過と共に本件賃貸借契約は主文第一項の除外部分以外に付ては終了したものである。仍て右部分の明渡竝に之が使用上必要な主文第二項記載の部分に付ては原告をしても、使用せしむることを求むるため本訴請求に及んだと述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、被告が原告主張部分の明渡を承諾した事実、解約に付き正当の理由ある事実は何れも之を否認するも其他の原告主張事実は全部之を認めると述べた。<立証省略>
三、理 由
原告が主文第一項掲記の家屋を所有し之を昭和十三年秋頃より被告に対し期間を定めず賃貸し現に其の賃料が一ケ月金百円であること、昭和二十三年五月一日原告より被告に対して同家屋の中八疊、三疊の二間及び之に接続する押入床間を除く部分に付き解約を申入れたことは当事者間に爭なき所である。
原告は右解約の申入に対し被告は之を承諾し、同年六月三十日限り右部分を明渡すべきことを約した旨主張するので、此点に付き判断する。証人石丸雪枝及び原告本人(第二回)の供述を綜合すれば、原告よりの明渡交渉に対し被告の妻雪枝が本件六疊の間を明渡す場合には台所えの通路を原被告別異にする様に改造を希望する旨竝明渡の最後的決定に付てはなほ被告に相談すべき旨を答えたることは認め得るが、被告より右部分の明渡を承諾したとの適確な証左はなく、右認定に反する被告本人の第一、二回の供述の結果は眞実に符合したものと認むることを得ない。他に承諾を認むべき証左は存しないから、之を理由としての明渡を求むることを得ないと謂うべきである。
仍て更に解約に付き正当理由ありや否に付いて判断する。原告が戰災に因つて其の居住家屋を失ひ現に肩書場所の上原三男(原告の実兄)方に同居して居るが、右は上原の賃借家屋であり同人は賃貸人より明渡を求められ其の約束の期間を過ぎ現に猶予を乞ひつつ居る状態であること。此が爲め從前同居して居た原告の妻及子供二名は止むなく長野縣に移り原告とは別居して居ること、從つて原告は現住居を早晩立退かざるを得ざる実情に在ると共に、其の二重生活を避くるためにも妻子等と同居すべき必要あること、而も原告は月收九千円程度の会社員にして他に何等見るべき資産なく家屋買入乃至賃借の資力にも乏しいことは原告本人第一、二回訊問の結果により之を認むるに十分である。以上の事実よりすれば原告に於ては本件家屋を自ら使用すべき必要に迫られて居ると言はざるを得ない。尤も原告が本件家屋に隣接して他に一棟の家屋を所有して居たが昭和二十一年中之を其当時居住の賃借人に賣渡したことは、原告本人の供述により明であるけれども、右は原告が当時の生活難を切拔けるため必要止むを得ざりし処置と認め得るから、右一事を以て原告の本件家屋使用の必要性を減殺すべき理由と爲し得ない。而して本件家屋の間取が八、六、三疊の三間で別紙見取図の通りであることの当事者間爭なき事実、被告が夫婦、子供三人(十一才、九才、四才)及び妹との六人暮しなる事実、被告が会社員にして資産なく他に住家を求め得ざる情況にある事実は證人石丸雪枝及び被告本人の供述により明であるから、以上の事実と前顕原告側の諸事情とを比較較量すると、原被告双方共本件家屋を必要とすること明であり、前段認定の如き各家族を擁する原被告をして居住せしむるには本件家屋は因より狹隘であるとは謂うべきだが、家屋拂底の現在の社会事情よりすれば必ずしも異例に属するとは言ひ得ない。又別紙見取図の如き間取構造を考えると必しも原被告が夫々一部宛を使用し得ない程度の間取構造なりとは認め難い。以上の諸点を考えると原告が主文第一項記載部分に付て爲した解約は正当なるものと認むべく、右解約は申入より六ケ月の経過により昭和二十三年十一月一日を以て其の効果を生じたものと謂うべきである。仍て被告は原告に対し主文第一項掲記の部分を明渡すと共に、第二項記載の部分は各自共同に使用すべき(即ち此の限度に於て原告をしても使用せしむべき)義務ありと謂うべきである。(而して右部分の明渡の翌日以降は原告は特段の事情なき限り本件家屋全体の賃料を原被告の各占有する疊数に應じて按分して算出し、被告の分に相当する数額を賃料として原告に支拂うべきものとする。此点は裁判の対象以外のことであるが紛爭を避くるため念のため裁判所の見解を示す)。仍て訴訟費用の負担に付き民事訴訟法第八十九條、仮執行の宣言に付き同法第百九十六條を適用して主文の通り判決した。
(裁判官 鈴木忠一)